●第9回・T-MED政経文化塾論説

老子は第五十章で人間の生き方を三つに分類しています。
「生を出でて死に入る。生の徒は十に三有り。死の徒も十に三有り。人の生、動いて死地に之(ゆ)くも、亦(ま)た十に三あり。夫(そ)れ何の故ぞ。その生を生とすることの厚きを以てなり」

 人はこの世に生まれて、再び死の世界に入っていく。生きながらえる人は十人のうち三人あり、早世する人も十人に三人ある。生きている人でわざわざ自分から死地に移っていく人も、また十人のうち三人ある。それはなぜか、というと、あまりに命を守ることに執着しすぎるからである。

 興味深いのは「動いて死地に行く者」です。まず「くよくよと自分の健康に気を使いすぎて、かえって自分の命を縮める」との解釈があります。しかし「生を生とする厚きによる」との説明があり、これから「富貴な人が豊かな生活をして、かえって死を招く」という説もあります。この章の後段です。

「蓋」(けだ)し聞く、善く生を摂(せっ)する者は、陸行して兜虎(じこ)に遇(あ)わず、軍に入りて甲兵を被(こうむ)らず。兜も其の角(つの)を投ずる所無く。虎も其の爪(つめ)を措(お)く所無く、兵も其の刃(やいば)を容(い)るる所無しと。夫れ何の故ぞ。其の死地無きを以てなり」

 聞くところでは、生命の養い方にすぐれた人は、陸地を旅するときは虎や兜(一角獣、サイ)といった猛獣に出会うことがなく、軍隊に入ったときにも、よろいや武器で身をかためることがない。兜もその角をぶつけようがなく、虎もその爪をひっかけようがなく、武器もその刃を打ちこみようがない、という。
なぜかといえば、彼には生命に執着するという死の条件がないからである。

 ここに「死地」が出てきます。死地とは孫子など兵家の軍事用語で「助かる見込みのない窮地」のことです。谷沢永一氏は「老子の読み方」の中で興味深い指摘をしています。

 「老子には『赤ん坊は毒虫に刺されない』(第五十五章)などあり得ない話が出てくるが、それと同じ話がここにある。陸行しても『兜や虎の害にあわない』軍(いくさ)に行っても『甲兵の害をかぶらない』がそうです」

 これに反論する形で作家・王福振氏が説明しています。
 「養生の道に通じた人は本当に危険な場所を察知し、あらかじめ避ける。また野獣に出くわしたときの対処法もよく知っている。これらは危機察知能力だ。この感覚は細心の注意というよりむしろ、生きることにこだわらないから、動じることなく冷静に動けることによる」

 鷹揚、自然体、冷静さが老子の基本ですね。