●第14回・T-MED政経文化塾論説

 
老子は第五十九章で統治の基本としては「倹約」「節制」の大切さを説きます。
「人を治め天に事(つか)うるは嗇(しょく)に若(し)くはなし。それ唯(た)だ是(ここ)を以て早く服す。早く服するは、これを重ねて徳を積むという。重ねて徳を積めば、則ち克(か)たざる無し。克たざる無ければ、則ち其の極(きょく)を知るなし。其の極を知るなければ、以て国を有(たも)つべし」
人を治めて天に仕えてゆくには、嗇(ものお)しみをして万事にむだづかいをしないことが大切である。そもそも嗇しみであるからこそ、よけいな欲もなく早く「道」に従えるのである。早く道に従えば、それは「徳」を積み重ねている、といえる。そして徳を積み重ねれば、すべてにうち勝つ。すべてのものにうち勝つなら、その能力は無限である。能力が無限なら国家を安全に維持できる。
「国を有つの母は、以て長久なるべし。是(こ)れを、根(こん)を深くして柢(てい)を固くし、長生久視するの道なり、と謂う」
国家を安全に維持しるための母(もと)、すなわち嗇しみによって国家は久しい永続を得るであろう。これを深くしっかり根を張っていつまでも生きながらえる道、と言うのである。
この「嗇」は吝嗇(りんしょく)の嗇ですが金谷治博士が説明しています。
「けちん坊というよりは、無駄遣いを節約してつつましい暮らしをすることである。前章の『悶々の政治』と関連して、派手なけばけばしい積極的なしわざを避けるのである。何事についても万事控え目に、ものおしみをしてエネルギーの無駄な消費を慎んでいくことである」
渡辺昇一氏も独特の角度から説いています。
「これは倹約あるいは節度を勧めた章です。欧米の翻訳者は『嗇』をモデレーションと訳しています。『節制』『適度』あるいは『控えめ』でもよろしい。度を越さない節制がすべての元であるということでは『中庸』と訳してもいいかも知れません」
中国の作家・王福振氏は「無欲」と捉えています。
「人生をより良く生きるには無欲であることがとても大切だ。私たちの生き方に多大な影響を与えた偉人の中に、無欲に生きた人が数多くいた。例えば東晋の詩人・陶渕明の『東の垣根の下で菊を摘む』詩などは、無欲のまま淡々と生きたことを示している」
夏目漱石が「草枕」に引用した陶渕明のこの詩は「菊を采(と)る東籬の下(もと)、悠然として南山を見る」とあります。詩は「山気日夕(にっせき)に佳なり、飛鳥相与(あいとも)に還る」と続きますが自然と一体の境地です
陶渕明は老子と一脈通じていますね。
 
「永田町社稷会」主宰 鈴木棟一氏より